メアドのない名刺

生成AIの進化は日々急速に加速し、企業にとって業務効率化は最優先課題となった。
弊社においても、例えば物件リサーチの高度化、迅速化は欠かせない。机上の情報整理から現地確認まで、無駄な時間は極限まで省き最短距離で成果につなげる方法を常に検討しなければならない。

そこで最終的に行き着いた結論、それは「自転車」だった。15年前に買った赤い自転車を引っ張り出してきた。ついこないだ買ったような気がするのは年のせいか暑さのせいか。

東京都心部において地下鉄は本数も多く一見便利だが、駅から現地まで意外と時間がかかる場合も少なくない。また新しい地下鉄になるほど大深度となり地上からホームまでの時間がかかる。一方で車で移動する場合、長距離には向いているものの近隣地域での移動において現地近くに駐車スペースがある保証はなく、あっても料金が高いことが多い。その点、自転車なら出発から現地到着まで時間のロスが少なく、細い路地や裏道にも自由に入れる。観察範囲は歩くより圧倒的に広いにもかかわらず車より細やかだ。こうして得られる情報は、地図やデータベースだけでは補えない体感として脳に鮮明に刻まれる。

その日は、事務所からそれ程遠くない外苑前と表参道の間に位置するとある物件を確認する予定だった。8月の暑い日で、事務所から目的地までは自転車で約5分。青山の緑の中を走り抜けてく真っ赤なポルシェではなく、年季の入った赤い自転車だったが。

現地へ到着したと思いきや突然空が暗くなり、数分でバケツをひっくり返したような豪雨に変わった。あわてて街路樹の下で雨宿りを試みたが、数十秒で限界。ふと周囲を見回すと、古びた「Cafe」の看板が目に入る。青山通りから左の脇道にはいったさほど目立たない場所に昭和時代の店舗を思わせる喫茶店がひっそりと存在していた。

土砂降りの中、自転車を止め急いで店に入る。室内は簡素な木製テーブルと椅子が並び、店内にはマスター以外誰もいない。メニューの価格は現在の周辺相場より相当安い。タイムスリップしてしまったのか。

試しにホットコーヒーを注文してみた。マスターは店の奥のカウンターでこちらの時間を邪魔してはいけないといった感じで存在を消しているようだ。そこでこちらから話しかけてみると、店の成り立ちやイベントについて話してくれた。なにやら音楽のミニコンサートもお店で不定期に開いているらしい。常連のお客様に支えられているお店だった。

KONOSKe BAR(南青山3丁目)

気が付けば外の雨はすっかり止んでいた。そろそろ事務所にもどりませんか、と天気が問いかけているようだった。人なつっこいマスターとは近隣の不動産事情で盛り上がり、「後日メールしますね」と伝えるとともに名刺をいただいた。

再び自転車で事務所に戻り、さっそく挨拶メールを送ろうと名刺を確認してみた。しかし、肝心のメールアドレスが名刺上に見当たらなかった。なるほど、おしゃれな名刺にはそもそもメールアドレスなど記載しないのか。さすが外苑前の流儀だ。効率化のテクノロジーの逆を行く、人間らしいつながりを重視しているようだった。また一つ、この街の洗礼を受けた。

メールや画像、さらにはAIとのコミュニケーションが一般化しているこの時代、いくつもの偶然が重なってたまたま出会うことができた生身の人間の笑顔のすばらしさに気づけたことに感動した。

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