ユートピアかディストピアか

うすうす感じてはいた。なにか恐れていたものがやっぱりきたという感覚。
そう思わせたのが、11月4日付の日本経済新聞の記事だった。
「米企業95万人削減、迫るAIリストラの現実」。
テクノロジーの波が、いよいよ多くのホワイトカラーの雇用を押し流し始めたのだ。

2025年1〜9月の間に、米企業が発表した人員削減は前年より5割増の約95万人。

UPSが4万8千人、シティグループが2万人、マイクロソフトが1万5千人、アマゾンが1万4千人。
特に景気が悪いわけではない。
AIの導入含め業務効率化を先取りする形で、企業は自ら人を減らし始めた。
もはや「雇用を増やすことが成長につながる」時代ではないのだ。

伝統的なマクロ経済の教科書には、雇用を創出し失業率を下げることが重要だと書いてある。
失業が増えれば消費は冷え、社会不安が広がるから、という考え方が前提になっている。
米国の中央銀行である米連邦準備制度(FRB)は、「物価安定」と「最大雇用」を同時に追う「デュアル・マンデート」を掲げている。

だが、AIが社会の仕組みを変えた。

企業の成長は雇用と結びつかない—むしろ雇用を減らしてしまう時代になったのである。

学歴と安定の神話が崩れる

理系を出れば仕事に困らない。
そんな言葉が、もはや過去のものになりつつある。
米国では超名門大学のSTEM(科学・技術・工学・数学)専攻を卒業しても、就職先が見つからない若者が増えている。
AIがプログラミングを書き、設計を最適化し、研究データを解析する。
学歴や専攻よりも、「それをどう活かすか」が問われる時代になった。

テクノロジーが描く新しい社会

OpenAIのサム・アルトマン氏が提唱するWorldcoin構想は、注目に値する。
虹彩(アイリス)認証によって「人間である証明」を行い、ブロックチェーン上に登録する。
将来的に、この仕組みを利用して「ベーシック・インカム(UBI)」を配布する構想があるからだ。
巨大なテクノロジー企業が生み出す利益等を、社会全体で還元させる仕組みだ。

つまり「働かなくても生きていける社会」が、制度として現実味を帯び始めたのだ。

AI時代の豊かさとは

もしAIが労働を肩代わりしてくれるなら、人はどこで、どう生きていけばいいのだろう、とふと思う。
都市にしがみつく必要は、もうないのかもしれない。

都心で新鮮で高品質な食材を食べようとすると、ものすごく多額のお金が必要となる。

しかし地方では、それがほとんどただのように手に入れることが可能になるかもしれない。
周りの畑で採れた野菜、近くの海でとれたばかりの魚、山で採れる果物。熊等のジビエ。
都会の中でストレスに押されて暴飲暴食することもなく、半ば麻痺していた自分の体からの敏感なシグナルを感じ取れるようになる。

夜になれば、街の光に邪魔されず、満天の星空が見える。季節の匂いを感じられるようになる。
そんな場所で、好きな時に好きなことに没頭し、日用品等は即座にドローン配送で届く。医療も遠隔で受けられる。無人バスが走っており、無人タクシーをすぐ呼ぶこともできる。ドローンに乗っていつでも行きたいところにもいける。地方だからこそ便利で、質が高く、満たされた暮らしができる世界。
それは、もう遠い未来の話ではない。

働かない社会は幸せになれるのか

AIが仕事を奪うということは、一方で私たちは自由な時間を取り戻すということなのかもしれない。

仕事は生きがいなのか、それとも生きるための手段なのか。哲学的な問題が投げかけられている。

そんな社会はユートピアなのか、ディストピアなのか。

皆様はどう思いますか。

    ユートピアかディストピアか” に対して2件のコメントがあります。

    1. A.Shepp より:

      ブログ、興味深く読ませていただきました。正にAIが人の代わりに何でも出来る様になると、リストラ必須ですよね。
      私達の子孫の代にはどういう生活が幸せなのか、物の価値もわからなくなりますね。
      学歴とかもあまり意味がなくなる分野と、やはり人間で無いと創り出せない世界があるのか?
      いずれにしても、自分達の価値観の時代は終わりつつあると感じています。

    2. HATTO COMPANY より:

      コメントありがとうございます。おっしゃる通りだと思います。逆にこれまでそれほど価値が高くなかったものが今後貴重になることもたくさん出てくるかもしれませんね。

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